高齢者の介護放棄1(徘徊放置)

2015年7月13日 / 彷徨う人

 高齢者が認知症を煩い、頻繁に徘徊するようになった後、同居の家族が徘徊の対応に疲れきった結果、高齢者の介護が放棄されるケースがある。

 認知症高齢者が徘徊するのには、もちろん理由がある。
 高齢者は、認知症により、今いる場所が何処だかわからなくなり、また、今が何時かがわからなくなる(見当識障害)。その結果、何らかのきっかけで家を出てしまうと、まもなく帰り方がわからなくなって徘徊してしまうこともあるが、この徘徊はそれほど深刻な問題ではない。 問題は、夕方になり日が暮れてくると始まる徘徊である(夕方症候群)。この徘徊は、引き留めようとすると激しく抵抗されることも多く、対応が困難である。多くの場合、(見当識障害のために)今いる場所が自分の居場所であることがわからなくなり、かつて住んでいた家に帰ろうとして徘徊しているようだ。ときには、子ども時代にまで時間を遡った上で自分の親が待つ家に帰ろうとしたりする。よって、そのとき、同居の家族は家族と認識されていないから、徘徊を阻止しようと説得しても困難で、無理に説得しようとすると火に油を注ぐ結果となる。その徘徊の意味を理解し、気持ち(たとえば家に帰りたいという気持ち)に寄り添いながら一緒に歩くと、やがて納得して徘徊をやめるが、これが毎夕繰り返されると同居の家族は音を上げるほかない。 やがて,徘徊の外出を見逃すことが増え、警察に保護されることが増え、やむなく、徘徊できないように家に閉じこめるようになるが、この状態に至れば、もはや自宅での生活は困難になっていると言うほかない。

 高齢者にはホームに入居してもらった上で、家族がそこへ頻繁に訪問をするという形に切り替えないと、共倒れになってしまう。自宅での生活を願う高齢者の気持ちを思えば、ホームに入居させることはとても辛いが、余裕を失った家族に優しくしてもらえない高齢者は、もっと辛いのかも知れない。

“高齢者の介護放棄1(徘徊放置)” への1件のコメント

  1. ミミ より:

    家族の一人が健常でなくなると(特に精神面で)、他の家族がいかに精神的に振り回されないかということが、世話する上で大事なことだと思います。あと、家族で一人だけに負担がかかったり、押しつけ合わないこともですが。
    とはいえ、管理人さんが言うように他を頼ることが理想でも経済的にできなかったり、共働きせざるを得ない中でも女の仕事となるのが実際のところでしょう。
    子のしつけでも「妻に任せてあります」の一言で片づける男の人をよく目にするので、理想と現実の違いを感じますね。

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